EU AI法(AI Act)の透明性に関する規定が2026年8月2日に施行されます。AIで音声や映像を編集・生成し、EU内の視聴者に届ける場合、拠点がどこであっても開示ルールが適用されます。音声制作者が押さえるべき対象範囲と対応方法を整理します。

EU AI法とは何か
EU AI法は、AIシステムをさまざまなリスクカテゴリーに分類し、提供者や利用者に義務を課すEUの規制です。規制の大部分は、生体認証による監視や雇用審査といった高リスクの用途に焦点を当てています。
そのうち第50条(Article 50)が、AIによって生成または改変されたコンテンツに関する透明性を扱っており、メディア制作に関係するのはこの部分です。透明性に関する要件は2026年8月2日に施行されます。AIを使って音声、対話、映像を編集・改変・生成し、EU内の視聴者に向けた仕事を行っている場合、拠点がどこであってもこの開示ルールが適用されます。
EU域外でも適用される
この規制で重要なのは、コンテンツがどこで制作されたかではなく、どこで利用されるかです。本法には域外適用の効果があり、コンテンツがEU内の人々にアクセスされる場合、提供者や導入者の拠点がどこにあっても適用されます。米国のポッドキャスト、英国で制作された映像、オーストラリアのクライアント向けキャンペーンであっても、EU内の視聴者がアクセスできる形で公開されていれば、本法の適用範囲から外れることはありません。
グローバルなプラットフォームの存在により、本法の適用範囲を避けることは困難です。実務上、YouTubeへのアップロード、オープンなポッドキャストのフィード、公開ウェブサイトはいずれもEUに到達しているとみなされます。
「ディープフェイク」の定義
本法では、ディープフェイクを、AIによって生成または改変された画像・音声・映像であり、実在する人物・場所・出来事に類似し、本物であるかのように見えるものと定義しています。該当するには、実在するものに類似していること、そして本物に見え得ることの2つの条件を満たす必要があります。
これは音声制作に直接影響します。実在する人物が実際には話していない内容にボイスクローンが使われた場合、この定義に含まれます。一方で、その人物が実際に話した内容をノイズ除去、ピッチ補正、修復したボーカルは該当しません。判断の基準は、AIがファイルに関与したかどうかではなく、その出力が実際に起こったことの本物の録音として受け取られ得るかどうかです。
通常の修復作業は対象外
クリーンアップ用プラグイン、対話の分離、ディエッシング、ピッチ補正、スペクトル修復といった作業は、開示義務の対象にはなりません。本法の草案ガイダンスでは、通常の技術的な前処理・後処理は、コンテンツを偽って本物らしく見せるものではないため、ディープフェイクの定義の範囲外とされています。
判断が難しくなるのは、元の録音でカバーされていない箇所を埋めるためにAIによる再構成が使われた場合です。周囲の文脈を参照して数音節の破損を修復するのは修復に近いといえます。しかし、話者が実際には録音していないフレーズ全体を生成する場合は、ギャップを埋めるためであっても、その人物が実際に話したと受け取られ得る内容に近づきます。この場合は、開示の目的においてディープフェイクとして扱うべきとされています。
すでに公開したコンテンツの扱い
すでに公開したコンテンツの扱いは、形式によって異なります。ディープフェイクにあたる音声・画像・映像については、基準となるのは公開日ではなく生成された日です。2026年8月2日より前に作成されたものは、遡及的なラベル付けの必要はありません。
テキストは異なります。テキストの場合、基準となるのは生成日ではなく公開日です。AIの支援を受けて作成した文章が8月2日以降に公開される場合、それより前に下書きされていたとしても、公開日が基準となります。ただし、名前が明示された編集者による実際のレビューがある場合は、作成・公開の時期を問わずラベル付けの要件から外れる編集上の例外が適用されます。
芸術・風刺目的の利用
芸術・創作・風刺・フィクションであることが明確なディープフェイクであっても、開示は必要です。これは免除ではなく、要件が緩和されるものです。コンテンツは、視聴者の楽しみを妨げない方法でラベル付けされるべきとされています。例えば、俳優が若返り加工された映画や、故人の声を再現した作品も開示は必要ですが、すべてのフレームに免責事項を重ねる必要はありません。
開示の方法と罰則
視聴者がコンテンツに最初に触れる時点で、それがAIによって生成または改変されたものであることを認識できるようにする必要があります。メッセージは明確で、容易に識別でき、技術的なツールを使わずに理解できるものでなければなりません。映像コンテンツであればテキストのオーバーレイ、音声のポッドキャストであれば冒頭でのアナウンスなどが考えられます。
罰則は違反の種類に応じて増額し、最も重大な違反では最大3,500万ユーロ、または全世界売上高の7%に達します。他の非遵守のケースには、より低い水準が適用されます。
施行前にすべきこと
まず、自らのコンテンツにAIがどのように関与しているかを把握することが重要です。クリーンアップや修復については対応は不要です。ボイスクローン、合成された対話、実在の人物のように見えるAI生成映像については、最初に登場する箇所で明確にラベル付けする必要があります。また、制作したコンテンツを供給する場合は、この点をクライアントに直接伝えることも求められます。
なお、参照元の記事は法律の専門家によるものではなく、音声・メディア制作に関連するポイントを平易にまとめたものです。AI生成・改変コンテンツが制作物の重要な部分を占め、視聴者にEU内の人々が含まれる場合は、個別の状況について弁護士に相談することが推奨されています。


